ぼくの相撲求道録

北の湖、千代の富士時代からの相撲ファン。横綱双葉山にも興味を持っています。ブログタイトルは双葉山(時津風定次)の著書『相撲求道録』から拝借しました。

思い出に残る相撲―千代の富士 vs 北天佑 初顔の激闘(1981年初場所十三日目)

まだ相撲を見始めたばかりの子どもの頃、

――投げられたのは千代の富士の方だったが、「なぜか」二人の体が北天佑側に傾いて倒れ、千代の富士が「運よく」勝ちを拾った――この相撲をスローで見ながらそう思っていた。

 

1981年初場所十三日目

千代の富士はここまで勝ちっ放しの12連勝。前日は横綱若乃花を破っている。

 

この日の相手は1敗で追う北の湖の弟弟子、北天佑。兄弟子の援護射撃に燃える。

(写真は画質が良くありませんが、NHKテレビから、大相撲中継の中入りの時間「思い出の土俵」という、昔の相撲を振り返るコーナーから画面を撮影したものです)

立ち合い。

北天佑、得意のノド輪で攻めると、千代の富士もこれまた得意の左前ミツを引く。

千代の富士の強烈な引き付け。北天佑は突き放せない。

千代の富士、前ミツを引きつけて出る。

だが北天佑、寄りを堪えて右四つガップリに組み止める。

北天佑は天井を向いて吊り気味に、

思い切った下手投げ。この思い切りの良さが北天佑のいいところ。

千代の富士の左足が跳ね上げられる。

大きく傾く千代の富士

千代の富士の体の方が下に。勝負あったか。

千代の富士、右足の親指一本で粘りつつ、上手投げを打ち返す。

両者の体が北天佑の方に倒れ始める。

形勢逆転。

軍配サッと東、千代の富士

いやあ危なかった、という苦笑いの千代の富士

 

リアルタイムで見ていた時にはわからなかったが「運が良かった」のではないし、奇跡が起きたわけでもない。千代の富士が左足の親指一本で粘り、執念で上手投げを打ち返したのだということが、少年の僕には見えていなかった。

(写真では分かりにくいが、勝負が決まった瞬間、向正面の佐渡ケ嶽審判が「おー」というように口を開け、驚いた顔をしている)

ラジオ実況のアナウンサーが「土俵際、ものすごい投げの応酬でした!」と叫んだ。